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『菅江真澄全集 第2巻』(未来社, 1971). pp.52,63
廿二日
こゝちよげなれど、よべよりの雨、をやみなういよゝふりそへて、河水いやたかけんなど、あるじのいへり。
人の入来ていふ、
けふ山中のみちにて羆(ひぐま)にあひ、はからずもとびきて身はそこねたれど、いのちはまた(全)し。
此島にかもしか、狼、ましら、猪のたぐひこそすまね、塵(鹿)と羆とはいと多けれぱ、この羆にのみをそれて、われも人も、野山の行かひはやすからず。
さりければ、ひとり、ふたりの旅人は、行つるゝ友をまちていざなひ、あるは、人をたいのみ、さいだてて越ゆ。
あら山中を、あがものがほに行めぐる蝦夷人すら、毒気の箭たぱさむならでは、やすげなし。
しゝは三寸の草がくれとて、いさゝかの短きくさむらにでも、ふしかくろひて、身をひそむのじち(術)あるけものなり。
まして夏草たかう茂りあひては、しゝの出たりしとも、さきにすLみたるか、とゞまりたるか、しぞきたるか、そこと行衛しられじ。
はた、しゝに、ふとゆきもあはゞ、ゆくりなうおどろきて、いとゞたけう、あれふるまはん。
かゝるをりには、気も心もたましゐもうせなん。
さりけるときは、まづこゝろをしづめ、ほぐすの火うちいで、けぶり吹て、何げもなう休らひ居ば、しゝはにげさりぬとか。
こや、もろこしの虎にひとしく、しゝも、をそれざるものををそるゝのくせあり。
いかりたけりたるしゝにむかひては、とき鉾つるぎだもをよびがたかるべけれど、アヰノの、毒箭ひとすぢにふと射ころし、あるはアヰマツフとて、弓に毒矢をはぎおく。
そのゆづるに糸をひきはへて、この糸に、つゆ斗ものゝさはらば、羆にても塵(鹿)にても、毒箭の、さとはなれ来て身にたち、ほろびけるとなん。
夷くにの山中わくるかち人は、かゝることなども、こゝろづかひすべし
と語りけるほどに、
タぐれちかづきて雨猶をやみなければ、
海山の ながめもけふは ふりくれて むかふさびしき さみだれのそら
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