Up 都市化・少子高齢化 → 地方分散経済 作成: 2024-11-13
更新: 2024-11-13


    グローバル経済は,各国に「都市化・1次産業衰退・少子高齢化」をもたらす。
    そしてそれは,グローバル経済の終焉になる。
    なぜなら,
    • 少子高齢化の国は消費が落ち込み,そして消費が落ち込んだ国の間の交易は減少スパイラルになる。
    • 1次産業衰退はどの国も同じなので,1次産品の輸出入も無くなる。

    各国で,ひとは「都市化・1次産業衰退・少子高齢化」後を,内向きの構えで生き延びていくことになる。

    生業の再構築は,地方で可能になる。
    都市は終焉する。
    食料をはじめ希少になる生活材は,これを大量消費するばかりの都市には回らなくなるからである。


    国は,国の務めとして,「生活保護」の交付金を濫発する。
    そしてこれは,物価を高騰させるだけになる。

    生業の構築を計ることのできる地方は,価値の無くなった国の金から,自分たちを守らねばならない。
    そこで独自通貨をつくることになる。
    「ポイント」をやった経験が,活きるかも。


    この経済では, 「安全保障」(「生活保護」 「防災」 の類) がバッサリ切られる。
    また, 「ひとの死は自然の摂理」「寿命」の考えが復活し,高齢者を人為的に生かし続けることを商いとしてきた医事・薬事・介護産業は倒壊する。
    総じて, 「命を守る」産業が倒壊する。
    「命」の考え方は,「使い切る」が復活する。
    こうして,労働年齢者層は高齢者層の重しからかなり解放される。

    この経済に対し「暗い」のイメージをもつのは間違いである。
    ひとは,生物の本性として,「生業をつくっていかねばならない」が与えられると活き活きする。
    チャレンジすることが,「生きる」だからである。
    ──死なないことが「生きる」ではない。


    人がそのもとで生きてきた1つのシステムの倒壊は,人の倒壊ではない。
    人はそこから新たな生き方をつくっていく。

    そして,人がそのもとで生きてきた1つのシステムの倒壊は,そのシステムとともにあったテクノロジーを失うことを意味しない。
    ひとは,そのテクノロジーを新たな生き方に使うことができる。
    経済のスケールは一旦地方に縮小するが,それは原始の生活に戻るということではない。