Up 大江匡房(まさふさ)『傀儡子記 (かいらいしき/くぐつのき)』, 1087 作成: 2018-10-07
更新: 2018-10-07


     
    傀儡子者,無定居、無當家,
    穹廬氈帳,逐水草以移徙,
    頗類北狄之俗。

    男則皆使弓馬,以狩獵為事。
    或跳雙劍弄七丸,
    或舞木人、闘桃梗,
    能生人之態,殆近魚龍曼蜒之戲。
    變沙石為金錢,化草木為鳥獸,能誑人目。

    女則為愁眉、啼粧,折腰步,齲齒咲,施朱傅粉,倡歌淫樂,以求妖媚。
    父母夫聟不誡告,
    亟雖逢行人旅客,不賺一宵之佳會。
    徵嬖之餘,自獻千金繡服錦衣、金釵鈿匣之具,莫不異有之。

    不耕一畝田,不採一枝桑,
    故不屬縣官,皆非土民。自限浪人,
    上不知王公,
    傍不怕牧宰。
    以無課役,為一生之樂。
    夜則祭百神,鼓舞喧嘩,以祈福助。


    東國美濃、參川、遠江等黨,為豪貴。
    山陽播州、山陰馬州等黨次之。
    西海黨為下。
    其名儡,則小三、日百、三千載、萬歲、小君、孫君等也。
    動韓娥之塵,餘音繞梁,
    聞者霑纓,不能自休。
    今樣、古川樣、足柄、片下、催馬樂、黑鳥子、田歌、神歌、棹歌、辻歌、滿固、風俗、咒師、別法等之類,不可勝計。
    今即是天下之一物也,
    今誰不哀憐者哉。


     
       読み下し文
    傀儡子は、定まれる居なく、(マモ)る家なし。
    穹盧氈帳、水草を逐ひてもて移徙す。
    頗る北狄の(ナライ)()たり。

    男は皆弓馬を使へ、狩猟をもて事と為す。
    或は双剣を跳らせて七丸を弄び、或は木人を舞はせて桃梗を闘はす。
    生ける人の態を能くすること、殆に魚竜曼蜒の戯に近し。
    沙石(幻術)を変じて金銭となし、草木を化して鳥獣と為し、能く人の目を□す。

    女は愁眉・啼粧・折腰歩・齲歯咲を成し、朱を施し粉を傳け、倡歌淫楽して、もて妖媚を求む。
    父母夫聟は誡□せず。
    亟行人旅客に逢ふといへども、一宵の佳会を嫌はず。
    徴嬖の余に、自ら千金の?の服・錦の衣、金の(カンザシ)・鈿の匣の具を献ずれば、これを(ウヤマ)(ヲサ)めざるはなし。

    一畝の田も耕さず、一枝の桑も採まず。
    故に県官に属かず、皆土民に非ずして、自ら浪人に(ヒト)し。
    上は王公を知らず。
    傍牧宰を怕れず。
    課役なきをもて、一生の楽と為せり。
    夜は百神を祭りて、鼓舞喧嘩して、もて福の助を祈れり。


    東国は美濃・参川(三河)・遠江等の党を、豪貴と為す。
    山陽は播州、山陰は馬州等の党、これに次ぐ。
    西海の党は下と為せり。
    その名のある(クグツ)は、小三、日百、三千載・万歳・小君・孫君等なり。
    韓娥の塵を動かして、余音は梁を繞る。
    聞く物は纓を霑して、自ら休むこと能はず。
    今様・古川様・足柄・片下・催馬楽・黒鳥子・田歌・神歌・棹歌・辻歌・満固・風俗・咒師・別法等の類は、勝げて計ふべからず。
    即ちこれ天下の一物なり。
    誰か哀憐せざらむや。




  • 参考文献
    • 『日本思想大系 8 古代政治社会思想』, 岩波書店, 1979

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