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Dawkins (1989), pp.35,36
‥‥ 大形有機分子は濃いスープの中を何ものにも妨げられることなく漂っていた。
あるとき偶然に、とびきりきわだった分子が生じた。
それを自己複製子 (replicator) とよぶことにしよう。
それは必ずしももっとも大きな分子でも、もっとも複雑な分子でもなかったであろうが、自らの複製を作れるという驚くべき特性をそなえていた。
これはおよそ起りそうもないできごとのように思われる。
たしかにそうであった。
それはとうてい起りそうもないことだった。
人間の生涯では、こうした起りそうもないことは、実際上不可能なこととして扱われる。
それが、フットボールの賭けで決して大当りをとれない理由である。
しかし、おこりそうなこととおこりそうもないことを判断する場合、われわれは数億年という歳月を扱うことになれていない。
もし、数億年間毎週フットボールに賭けるならば、必ず何度も大当りをとることができよう。
実際に、自らの複製 (replica) をつくる分子は、実際にははじめ思ったほど想像しがたいものではない。
しかもそれはたった一回生じさえすればよかったのだ。
鋳型としての自己複製子を考えてみるとしよう。
それは、さまざまな種類の構成要素分子の複雑な鎖からなる、一つの大きな分子だとする。
この自己複製子をとりまくスープの中には、これら小さな構成要素がふんだんにただよっている。
いま、各構成要素は自分と同じ種類のものに対して親和性があると考えてみよう。
そうすると、スープ内のある構成要素は、この自己複製子の一部で自分が親和性をもっている部分にでくわしたら、必ずそこにくっつこうとするであろう。
このようにしてくっついた構成要素は、必然的に自己複製子自体の順序にならって並ぶことになる。
このときそれらは、最初自己復製子ができたときと同様に、次々と結合して安定な鎖を作ると考えてよい。
この過程は順を追って一段一段と続いていく。
これは、結晶ができる方法でもある。
一方、二本の鎖が縦に裂けることもあろう。
すると、二つの自己複製子ができることになり、その各々がさらに複製をつくりつづけることになるのである。
さらに複雑に考えるならば、各構成要素が自分の種類に対してではなく、ある特定の他の種類と相互に親和性をもっているという可能性もある。
その場合には、自己複製子は同一の複製 (copy) の鋳型ではなくて、一種の「ネガ」の鋳型の働きをする。
そして次にその「ネガ」がもとのポジの正確な複製をつくるのである。
原初の自己複製子の現代版であるDNA分子が、ポジ-ネガ型の複製をおこなうことは注目に値するが、最初の複製過程がポジ-ネガ型であったか、ポジ-ポジ型であったかは、このさい問題ではない。
重要なのは、新しい「安定性」が突然この世に生じたことである。
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- 引用文献
- Dawkins, Richard (1989) : The Selfish Gene (New Edition)
- Oxford University Press, 1989
- 日高敏隆・他[訳]『利己的な遺伝子』, 紀伊國屋書店, 1991.
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