2 全体主義(holism)


     全体主義を数学教育学方法論に引き寄せるときのそれの意義を,簡単に述べる。

     この立場では,〈全体〉が,常識的に考えられる“要素”,“要因”,“個”等に先行する(註)。“要素”等は〈全体〉の一つの局面(様相)に過ぎず,また分析という手続きで〈全体〉から得られるものでもない。

     実際,“要素−構成−分析”の発想は,合理主義的オリエンテーションの下にあり,全体主義の認めるものではない。

     全体主義については,存在論的立場と意味論的立場の両方を考え得る。ここでは,差し当たり,意味論的立場として導入しておく。このときそれは,
      《“要素(要因,個)”は,〈全体〉の一つの様相のこととして,〈全体〉から切り離すとき無意義になる》
    とする立場である。

     ひとは,“全体主義的オリエンテーションの下では,探究のしようがない”と言いたくなるかも知れない。しかし全体主義の立場に即けば,この苦情は批判としては筋違いということになる。即ち,
      探究をすべて一様に合理主義的に設定しようとすること(そしてこのようにすることを“科学的”と見なすこと)の方に問題がある
    のであって,
      探究は,合理主義的オリエンテーション下で可能なものと,全体主義的オリエンテーションの下でしか行なってはならないものとに,分けて考えられるべきである,
    となる。



    (註) “全体”の意味は,主義や主題に依存する。例えば,“人”に対する“類的存在”,“社会的存在”,“歴史的存在”といった規定では,それぞれ異なる意味の“全体”が考えられている。