Up ウイルス内在化 作成: 2021-06-02
更新: 2021-06-02


    生物の DNA は,一面,過去に感染したウィルスの記憶である。
    この主題は,「遺伝子のウイルス取り込み」である。

    これまでよく研究されてきたのは,「レトロウィルス」と呼ばれる群のウイルスである。
    これは,核酸 (NA) が一本鎖RNAのプラス鎖であり,逆転写酵素を持つ。
    そして,つぎのメカニズムで,宿主の DNA に取り込まれる:
      (Wikipedia「レトロウイルス科」より)
    1. ウイルスのエンベロープが細胞膜の受容体と結合することで、細胞内にRNAと逆転写酵素が侵入する。
    2. その後逆転写酵素が作用し、ウイルスRNAを鋳型にマイナス鎖DNAを合成する。
    3. そして合成されたマイナス鎖DNAを鋳型にプラス鎖DNAが合成され、一本鎖RNAが二本鎖DNAに変換される。
    4. その後二本鎖DNAは宿主細胞のDNAに組み込まれ、プロウイルスと呼ばれる状態になる。
    5. プロウイルスは恒常的に発現している状態となっており、ウイルスRNAやメッセンジャーRNAが次々と合成されていく。
    6. メッセンジャーRNAはウイルス蛋白を合成させ、完成したウイルスは宿主細胞から発芽していく。

    ただしこれだけだと,宿主細胞が壊れたとき,DNAに取り込んだウイルスも無くなる。
    しかし,取り込みが幹細胞で起きたときは,細胞分裂でウイルスが生産される。
    これをウイルスの「内在化 endogenization」という。

    その細胞がさらに生殖細胞であれば,ウイルスのコードを遺伝された子は,全細胞で DNA にウィルスを含む。
    これを「垂直感染」と謂う。
    以降,垂直感染が子孫に拡散する


    そこで,ヒトの遺伝子はどのくらいレトロウィルスを取り込んできたか,という話になる。
    これについては,たとえばつぎのように説かれている:
      山内一也 (2018)
    p.86
    2003年に完了したヒトゲノムの解読結果によれば、驚くべきことに、ヒトゲノムの約9%が内在性レトロウイルスで占められていた。
    われわれの身体を構成するタンパク質をコードする遺伝子がわずか約 1.5 %であるのに対し、その数倍もの配列が内在性レトロウイルスだったのである。
    p.98
    われわれは健康被害を及ぼす数多くのウイルスに曝されているが、その一方で、体内では HERV (ヒト内在性レトロウィルス) が染色体に組み込まれて潜んでいる。
    HERV の祖先と推測されるレトロトランスポゾンはヒトゲノムの 34 %を占めており、HERVの9%と合わせると、レトロウイルスに関連した配列がわれわれのゲノムの半分近くになる。


    「一本鎖RNA プラス鎖」のレトロウイルスに対しては「一本鎖RNA マイナス鎖」のウイルスがあり,これは「ボルナウイルス」と呼ばれる。
    このボルナウイルスについても,遺伝子への取り込みが報告されている (Horie et al., 2010)。
    しかもこれは,逆転写酵素を持たないRNAウイルスの例になっている。
    ではそれはどのように DNA に挿入されるのかとなるが,宿主のレトロトランスポゾンが利用されるという。