Up 教員免許商法のトレードオフを同定・計算する 作成: 2009-07-17
更新: 2009-07-17


    「法人化」の国立大学は,いまの大学院不況に際して,「教員免許を大学院の商品にする」をこの不況への対策にしようとする。
    このとき,「教員免許を大学院の商品にすることで,何がどのように解決されるか?」というシナリオを描いているわけではない。 「なんとかなる・ならない」の像もあるわけでない。 「これをやらなきゃならないのだろう」のムードだけである。

    実際,ひとは,見通しを持たずに物事を進めるということを,現実にやってしまう。
    先ず行動を起こすこと」「歩きながら考える」が,このときの合理化の仕方である。
    これを「思惑でやる」というが,実際には「思考停止」である。


    この「思惑でやる」には,「失敗したらやめればよい」は無い。
    思惑でやる者は,反対を押し切ってこれをやる。 反対を押し切って始めた面子があるので,失敗がはっきり見えても,やめない。
    だから,思惑でやられてしまうのは困りものなのである。
    被害は甚大になる。

    教員免許を大学院の商品にすることで,何がどうなるのか?
    教員免許取得を目的に大学院に入ろうとする者が,何人か出てくるかも知れない。
    この数は,いまの大学院の定員割れ問題を解決する数か?
    そうはならない。

    ゲットが見いだせないのに対し,ロストは甚大である。
    大学院の意義が,変更される。
    教員免許が,実質的に教員養成コースを通過しなくても,与えられるものになる。
    精神文化的には,「しのぎのためなら,なりふりかまわず」の文化──自分のものでもないのに,「しようがない」を言う文化──が,また一段と強くなる。